農業共同体見聞録&農業共同体設立記

日本中の農業共同体、農業コミューン、エコビレッジ、農業シェアハウスの訪問記と、東京都西多摩郡檜原村での古民家シェア&ゲストハウスと里山シェアリングの設立記!

《東京里山シェアリング》設立プロジェクト

【《東京里山シェアリング》設立プロジェクト始動!】

〜東京檜原村でシェア&ゲストハウスとシェア農園!〜

と言う訳で、東京多摩地域唯一の村、森林と渓流の里、西多摩郡檜原村
空き家を活用したシェアハウス&ゲストハウス&シェア店舗《ひのはうす》、
遊休農地を活用したみんなで作ってみんなで分けるシェア農園《ひのふぁーむ》、
さらに家の裏を流れる秋川渓谷の清流や、集落全体を覆う緑豊かな山や林も活用して、
遊び、泊まり、働き、暮らせる農業コミュニティー《東京里山シェアリング》を設立するプロジェクトを、このたびスタートさせます!( ͡° ͜ʖ ͡°)
それに伴い、拠点の《ひのはうす》整備のため、クラウドファンディングを今週金曜 5/24 12時にスタートさせます!目標金額は100万円!(°▽°)
↓このサイトを使って実施予定です!
https://readyfor.jp/
(私のプロジェクトはまだ掲載されていませんが、ご支援頂くのにサイトへ登録が必要なので、宜しければ今のうちにご登録下さい(笑))

 

舞台は檜原村下川乗集落!(*´∇`*)
渓流沿い、都道沿いにあり、かつて集落の生活の中心だったであろう元個人商店の空き家を借り、そこをシェアハウス、ゲストハウス、シェア店舗として、檜原に住みたい、働きたい、泊まりたい、遊びたい人の拠点《ひのはうす》にします!
そして風光明媚な里山の農園《ひのふぁーむ》や緑豊かな山と森、拠点の裏から降りられる渓流の河原などで働き、遊べるようにします!٩( ᐛ )و

2年前に下川乗で畑を借り、
1年前に下川乗を舞台に『ひのふぁーむ』を始め、
今回、『ひのはうす』を貸して頂き、憧れの下川乗に住める事となり、
このプロジェクトをスタートさせました!✌︎('ω')✌︎

学生の頃から夢見ていた、農業コミュニティーの設立。
[普通の人生]を外れる勇気が持てず、普通に就職し…
それでも諦めきれず、新卒で入社した会社を飛び出し、
農業法人で働いたり、日本全国の農業コミュニティーを旅して…
やっと辿り着いた檜原村。地域おこし協力隊として活動する傍ら、
夢への第一歩として、昨年4月から下川乗を舞台に始めた《ひのふぁーむ》。
そして、ようやく見つけた、夢を実現する舞台、《ひのはうす》。

松岡賢二、一世一代の勝負に出ます!ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

クラウドファンディング

募集期間:5/24(金)12時〜6/14(金)24時
募集場所:クラウドファンディングサイトReady for
https://readyfor.jp/
(私のプロジェクトはまだ掲載されていませんが、ご支援頂くのにサイトへ登録が必要なので、宜しければ今のうちにご登録下さい(笑))

で行います!リターンとして、農業体験やゲストハウスのチケット、東京里山シェアリングの会員証、じゃが芋などをご用意しております☆( ͡° ͜ʖ ͡°)

この投稿をご覧の皆様、ご支援、ご声援、ご協力の宜しくお願い致します!٩( ᐛ )و

 

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里シェア

 

農業共同体見聞録25 Peace Culture Village

~訪問記~

 中国地方で唯一訪問したの広島県三次市の「Peace Culture Village」さんです!

【ウェブサイトも開設しました!纏まった情報はそちらに掲載!】

http://matsuokakenji.wixsite.com/nougyoukyoudoutai

twitterFacebookも更新中!農業共同体設立準備中ですよ!】 

https://twitter.com/matsuken1212

https://www.facebook.com/kennji.matsuoka

 

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・1日目

 今日は朝の6時に熊本のサイハテを出発し、熊本、大分、福岡、山口、広島と下道を走る事12時間、広島県のPeace culture villageさんにやってきました!…めっちゃ疲れた…orz

 Peace culture villageさんは広島県三次市という、広島の山の中にあります。築百年以上の古民家(蔵、納屋、離れ付き)と目の前の畑、裏山も敷地に入ります!古民家から見渡せる範囲に別の住民がいない=見渡す限り、畑も山もビレッジの敷地!って感じです(笑)

 

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Peace Culture Villageさんの畑

 

 代表の方はアメリカ人の方で、広島の平和団体で活動していたそうですが、平和な世界を作る為に、人々がどんな生活をしたらいいかを考え、食べ物やエネルギーを自給自足できる生活を目指し、このビレッジ作ったそうです。

 代表の方は冬場はビレッジを留守にしていて、現在は日本人の男女1名ずつと、アメリカ人の女性1人の3人で活動しています。明日は私もお仕事をお手伝いさせて頂きます!

 

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にゃんこ

 

・2日目

 今日はピザ窯作りと鶏小屋作りをお手伝いし、梅酒を飲みながらナウシカを観ました!ヽ(´▽`)/…どういう訳か分かりませんね(笑)ヽ(´▽`;)/

 昨日から、広島のPeace culture villageさんにお邪魔していますが、今朝は6時半頃に起き、7時から外の掃除をお手伝いして、8時から朝食を頂き、午前中はピザ窯作りのお手伝いをしました!窯の床になるモルタルの板を作るお手伝いと、屋根の柱にボルトを通す穴を開ける作業です☆( ͡° ͜ʖ ͡°)

 お昼を頂き、午後は鶏小屋の中の餌箱と産卵箱を木で作るお手伝いです!春からここで鶏を飼うそうで、木で工作して、餌を作る箱と、中に鶏が入って、卵を産む巣箱を作ります!木工なんて久し振りですが、なんとかそれっぽいものが出来ました(笑)ヽ(´▽`)/

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鶏のエサ箱

 

 夕食を頂き、お風呂に入った後は、みんなでお酒を飲みながら「風の谷のナウシカ」の鑑賞会!何度観ても良いですね〜、名作です☆( ͡° ͜ʖ ͡°)

 

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ナウシカ鑑賞会

農業共同体見聞録24 三角エコビレッジサイハテ

~訪問記~

 超久し振りの更新です!(笑) 

 九州2か所目は熊本県宇土半島の「三角エコビレッジサイハテ」さんです!

【ウェブサイトも開設しました!纏まった情報はそちらに掲載!】

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・1日目

 新しき村を後にして今度は熊本の「三角エコビレッジサイハテ」さんに向かいます。九州の山中の山道や高速をひた走り、九州の東から西へ移動です…

サイハテは熊本県宇土半島の山の中にあるエコビレッジで、「衣食住を見直し、文化的な循環型コミュニティーを作る」をコンセプトに活動しており…
正直、まだよく分かっていません(笑)明日、色々見学させて頂きます♪ヽ(´▽`)/

到着が遅かったのでそのままサイハテのゲストハウスに宿泊です。

 

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サイハテから宇土半島北部を臨む

 

・2日目 

 今朝は朝食を頂き、サイハテに1月ほど滞在している方に敷地を案内して頂きました。サイハテは熊本県宇城市三角町という、熊本西部の半島の、海や山に囲まれた地域にあり、3万坪の敷地の半分が果樹園で、もう半分が森や建物があるエリアです。

 村には家族で住める住居や単身者の住居、ゲストハウスなど十数棟の建物があります。もともと福祉関係の施設だった敷地で、もとからあった建物を改修したそうです。
他にも木工所や大勢が集まってイベントができる建物、アースバッグハウスもあります。

 

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アースバッグハウス

 

 敷地の見学が終わったら犬の散歩をして、昼食を頂き、午後は住民の方のお話を伺いました。6年前に旦那さん、お子さんと移住してきたそうで、サイハテでの生活の事を伺ったり、私の旅の話をしたり、絵がお上手で、似顔絵も描いて貰いました!

 そして、夕陽を見ながらお風呂に入り、なつえさんのお宅でリクさんというもう一人のゲストさんと一緒に、夕食をご馳走になりました!美味しいご飯に鹿肉のローストビーフやワイン、スコッチウィスキーも頂きました!凄く美味しかった!

 

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夕食会

 

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書いて頂いた似顔絵

農業共同体見聞録23 日向新しき村 

~訪問記~  

 今回は九州、宮崎県児湯郡木城町。約100年前、文豪 武者小路実篤と仲間達が設立した、現存する日本最古の農業共同体の発祥の地「日向新しき村」です。

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・1日目

1月17日(火)、今日は宮崎県児湯郡木城町の、文豪 武者小路実篤らが設立した、現存する日本最古の農業共同体の発祥の地「日向新しき村」に来ました!

前日、神奈川県茅ケ崎市を出発し、高速道路をひた走り、広島の宮島SAで車中泊し、17日に関門海峡を渡り、東九州自動車道を南下し、宮崎までやってきました。

 

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渓谷沿いの道

 

宮崎県中部東岸の東九州自動車道を高槻ICで降り、木城町平野部から小丸川沿いに山地に向かって、山間の渓谷沿いの県道40号線、22号線を走ります。

小丸川を堰き止めた川原ダムの湖畔に石河内の集落があり、橋を渡ってダム湖に囲まれた岬の先端に向かって、林の中の道を降りると、日向新しき村があります。

 

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河内ダムと日向新しき村(森の向こう)

 

新しき村は1918年、宮崎県で文豪 武者小路実篤と仲間達が「人間らしく生きる」「自己を生かす」社会の実現を目指して設立しました。

後年、宮崎の「日向新しき村」はダム建設で大半が潰され、1939年、埼玉に「東の村」を設立、そちらに本拠地を移しました。ですが「日向新しき村」には今でも3人のメンバーが残っています。

 

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日向新しき村

 

日向新しき村には、米を育てる田んぼ、野菜を育てる畑、豚を育てる放牧地、木工場、住居、新しき村記念館があります。

住人の方に挨拶をしてから、まずは新しき村記念館を見学させて頂きました。ここでは、日向新しき村の歴史の紹介や、武者小路実篤の絵や詩の作品の展示を観る事ができます。

 

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新しき村記念館

 

そして、住人の方にお話を伺う事ができました。その方は、最初は埼玉の東の村に入り、宮崎の新しき村に住人が殆どいないと聞いて、移り住んできたそうです。

米や野菜は有機栽培で作っていて、豚も屋外の広い放牧地で放し飼いで育て、木工場では家具等も作っています。住居も住人が自分達の手で建てました。

 

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手造り住居

 

100年近く前に成立した農業共同体が現在でも、埼玉と宮崎で活動を続けている事に、改めて感慨を覚えました。日向新しき村には、現在は老夫婦と男性一人の3人しかいませんが、誰かこういった暮らしに興味がある人がいたら、ぜひ遊びに来てほしい、と、案内して下さった男性の方は朗らかにおっしゃっていました。

 

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日向新しき村入口

農業共同体見聞録22 耕せにっぽんin石垣島

~訪問記~

沖縄編2か所目は北海道と石垣島ニートなどの若者の研修生を受け入れる、「耕せにっぽん」さんです。

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・1日目

 01月19日木曜、晴れ。ワカゲノイタリ村を出発した後は、沖縄本島沿岸部をぐるっと一周し、この日の朝はうるま市平安座島の民宿を出発、本島から橋で渡れる島や、斎場御嶽平和記念公園ひめゆりの塔を周り、夕方、那覇から飛行機で新石垣空港へと渡りました。空港まで耕せにっぽんの皆さんに迎えに来て頂きました!

 

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石垣島の海岸

 

 耕せにっぽんさんはニート、引きこもり、不登校といった若者を研修生として受け入れている農業法人です。過去10年間で約160人の研修生を受け入れ、その内130人程は学校への復帰や、就職、就農を果たせました。

 春~秋は北海道の農場にいますが、今年から冬の間は石垣島で研修を行う事になり、通年で活動しています。10月には北海道でお世話になり、12月以降は沖縄でも活動すると聞き、是非行かなくてはと思っていました。

 

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石垣島の自然

 

 新石垣空港から、石垣島南東部を走る国道390号線を北に向かって車で約10分、石垣島の北東部に突き出た半島の付け根の辺りの、桃里という地域の集落の中に拠点があります。別荘だった建物を拠点としていました。建物は1階立ての4DKで、食堂は毎日、全員で食事をしたりTVを観たりゲームをしたりする憩いの場です。この日は到着したら夕食を頂いて、皆さんと北海道でもやった「人狼ゲーム」で盛り上がりました。

 

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石垣島の拠点

 

・2日目

 01月20日金曜、曇り。7時前頃から皆さん起きだして、朝食の準備を手伝い、7時から朝食を頂きました。朝食後、海岸で朝礼をして、海岸のゴミを拾って、研修生それぞれ、割り振られた農作業や研修先に向かいます。

 

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海岸の朝礼

 

私は石垣の塩という、研修生がお手伝いをしている塩の工場の見学に連れて行って頂き、島内一周もしました。

 

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石垣の塩

 

12時になると昼食を頂き、14時から午後の仕事開始。今度は近所の農家さんのお手伝いに同行させて頂きます。

 

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近所の農家さんの畑

 

夕方には帰って、18時から夕食を頂き、消灯までは自由時間です。この日はセブンポーカーという、7枚の手札でやる変則的なポーカーで遊びました。社長の東野さん、研修生の皆さんとこの日も大いに盛り上がりました。

 

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みんなでご飯

 

・3日目

 01月21日土曜、曇り。この日は朝食だけ頂いて、皆さんと写真を撮らせて頂き、お別れをして、石垣島の離島ターミナルまで車で送って頂きました。

 

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別れ際の集合写真

 

 北海道でもそうでしたが、耕せにっぽんの研修生は、不登校や引きこもりなどの過去を持っているそうですが、そうとは思えないくらい、明るく、元気で、コミュニケーションも活発で、和気あいあいとした雰囲気でした。社長の東野さんや、お世話係のマリさん、元研修生で同じ様な経験をしたスタッフさん、自分を変えようと努力する研修生達、耕せにっぽんのメンバー全員の前向きな姿勢が良い雰囲気を作り出しているからだと感じました。

 夏は涼しい北海道、冬は暖かい石垣島と夢のような二重生活、私もそんな事してみたいなぁ…(笑)

 

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漁師バージョン

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農家バージョン

農業共同体見聞録21 ワカゲノイタリ村

~訪問記~

 農業共同体見聞録、西日本編スタート! 最初の訪問先は沖縄県名護市、沖縄の入り江の畔で自給自足と新しい価値観の提案を目指す、「ワカゲノイタリ村」さんです。

【ウェブサイトも開設しました!纏まった情報はそちらに掲載!】

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 01月17日火曜、晴れ。前日の夕方に那覇に着き、国際通りを歩いて回り、当日はレンタカーを借り、首里城を見学。お金がないので高速道路は使わず、本当西岸の海岸沿いを走り、辺野古岳北側の道路で本島東岸に行き、大浦湾西岸で本島の北東部の東岸を走る国道331号線に入ります。国道331号へ入った交差点から3分程走り、トンネルをぬけ、大浦湾の入り江の上の橋を渡り左折すると建物があります。そこがワカゲノイタリ村です。

 

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入り江を渡る橋の上から村を望む

 

 村に着くと、よく村に遊びに来ているという女性に出迎えられ、同じくよく村に遊びに来ている高校生の男の子と、島袋さんという村の住民の方にお会いしました。そして、少し遅れて村長の具志堅さんも到着しました。

 

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村の住居

 

 ワカゲノイタリ村は遊休地と作業小屋があった場所の、土地と建物を借り、敷地の雑草を刈り、小屋を改修し、人が暮らせる状態にしたそうです。小屋は外壁がカラフルな色で塗られ、電気も水道も通っていて快適そうで、敷地も奇麗に雑草は刈られ、小さな菜園や鶏小屋もあります。また、すぐ隣りが大浦湾の入り江になっていて、満潮の時は海に、干潮の時は広い砂浜になります。敷地から少し離れた場所で田畑を借りて農業もしています。 

 

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村の敷地

 

この場所で衣食住の自給自足を目指しつつ、人を呼んで夜に映画を観る「ほしぞらシアター」やピザ窯造りのワークショップ等のイベント、海外のインターン生を受け入れといった活動もしています。

 

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干潮時の入り江

 

具志堅さんと島袋さんが明日、東京に用事で行ってしまうという事で、ここでは簡単に敷地を案内して頂いて、お話を伺って、後にする事になります。奇麗な入り江のすぐ隣りで自給自足を目指す、とても面白そうな村だと感じました。今後も注目していきたいと思います。

農業共同体見聞録20 農村青年共働学校

~訪問記~

 次の訪問先は静岡県裾野市。昭和初期、富士山南東の愛鷹山で『共働農村』の普及を目指した農本主義者、岡本利吉の『山の学校』こと「農村青年共働学校」です。

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・1日目

12月21日水曜、晴れ。今日は冬至の日です。今日は静岡の「農村青年共働学校」があった地域を訪ねました。「農村青年共働学校」は1928年、静岡県裾野市葛原で岡本利吉という農本主義者が設立した学校です。春~秋は農場で農業を行い、冬の農閑期に全国の農業青年を集めて教育し、全国への「共働農村」普及を目指しました。

 

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裾野から富士山を望む

 

 裾野市はその名の通り、富士山の南南東の中腹から、愛鷹山の北東側半分を経て、芦ノ湖南西の三国山まで、富士山の裾野に広がる町で、葛山は、東は東名高速、西は愛鷹山中腹まで東西に伸びる地域で、殆どが山です。

 

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愛鷹山

 

 詳しい場所の情報がネット上になかったので裾野図書館の裾野市史で調べた所、「裾野の街から一里半富岡村葛山奥」の「雑草と樹木とでおほはれた自然そのまゝの原野」と書いてあったので、葛山の集落から山の中に入った所のようです。詳細な場所は分かりませんでした…

とりあえず、葛原の地域に行って、そこから見える富士山や愛鷹山、集落の写真を何枚か撮っておきました。

 

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葛山付近の集落

 

 岡本利吉は農村青年共働学校の敷地として40haの山林を購入し、木を切り、草を刈り、土地を耕して畑を作り、13棟の建物を建てました。6年間そこで作物を育て、冬季、農業青年と共同生活をしながら、教育を施していたという事で、結構な規模の施設があったものと思われます(施設の詳細も不明です、すみません…)。

 

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愛鷹山山中

 

 彼は1885年に高知市で生まれ、東京で社会主義者として活動し、1928年農村青年共働学校を開設しました。彼は当時の日本の人口増加による食料不足の解決策として、山を利用する生産共働の産業組合組織を全国に設立する事を目指し、農業青年を集めて教育しようとしました。実際に山林を開墾し、稲、麦、さつま芋といった作物を作り、また、デンマークの国民高等学校を手本として、毎年12月から3月まで、日本全国の農業青年を集め、労働と教育を施しながらの共同生活に従事しました。

 

 1927年の東京朝日新聞に、彼が目指した『共働組織』について、「この村は「主人のない村」で村民はすべて共働し『労力は節約されて新生産を興し、新生産の収入は蓄積されて共働組織へ資本が充実し資本の充実は労働能率を高め、これはさらに新生産を起す』原動となるというふじゅん環経済がこの村の組織の基となってゐる。」と、農村青年共働学校について「生徒も無月謝の代わりに、講師も無報しうで、朝は教育、午後は労働にしたがふので、一ケ年で卒業し、卒業生は全国に分布して、共働農村の普及を図るのである」と説明されています。

 

 ただ、この活動は地元の人の理解を得られず、結局、6年で終わってしまいますが、この学校には多い時には、100人以上が参加し、「山の学校」の愛称で親しまれたと言います。

 

 そして岡本利吉は後年、農本主義者の団体を設立したり、美愛卿純真学園という学校を開校したり、人工言語ボアーボム」を発明したりした後、1963年に亡くなりました。