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農業共同体見聞録

日本全国の農業共同体、農業コミューン、エコビレッジ、農業シェアハウスの訪問記

農業共同体見聞録13 獏原人村

~訪問記~

農業共同体訪問記、北海道東北編の最後は、福島の山奥の自給自足のヒッピーコミューン「獏原人村」さんです。

 

【ウェブサイトも開設しました!纏まった情報はそちらに掲載!】

http://matsuokakenji.wixsite.com/nougyoukyoudoutai

 

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・1日目

 11月01日(火)、山形のつぶ亭を出発し、仙台で写真を撮り、牛タンを食べ、塩釜で震災のモニュメントを見て、お土産を買った後、津波で流されて何もない宮城県南部の海岸沿いをひた走り、福島県内の高速道路を【線量〇〇μSv】みたいな看板を横目に走り、高速道路を降りたら、【3キロ先、帰還困難区域】みたいな看板があり、
海岸沿いから内陸に入り、福島県双葉村に着きました。

 

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看板

 

 今日お邪魔する「獏原人村」さんは1976年、福島県で生まれた、自給自足的なヒッピーのコミューンです。福島県双葉郡川内村という、県内では東の方、比較的に海に近い山間地域の山奥の、舗装のない林道を進んだ奥に獏原人村は存在します。携帯の電波は通じません。その山奥で40年近く、自給自足の生活を続けています。多い時で数家族、20名程が暮らし、畑を耕して野菜を作り、鶏を飼って卵を作り、水は自然の水を使い、電気は太陽光で自家発電します。1990年代から毎年夏の満月の日、1000人以上が集まる「満月祭」も開きました。

 

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イベントが開かれる広場とドームハウスと小屋

 

 2011年の東日本大震災に伴う原発事故で、川内村は全村避難の対象となり、一時、獏原人村も非難を余儀なくされますが、再び、代表のマサイさんご夫婦は獏原人村に戻り、満月祭も継続し、獏原人村で若者の音楽イベントが開催されたり、マサイさんが地元の地域おこしの活動に取り組んだりと、今でも活動は続けられています。

 

 今日は川内村で、獏原人村のマサイさんという方と地元の人達が、【盛り上げっ課】という地域おこしのグループの定例会をするとの事で、私もお邪魔して、会議の様子を見学させて頂きました。自給自足の生活をしてる人というと、俗世を捨てた仙人みたいな気難しい人をイメージしていたのですが、マサイさんはユルイ感じで、Lenovoのノーパソ(画面がタッチパネル)を操りつつ、和気藹々と雑談の様な感じで会議をしていました。で、上記の様な山道を走り、獏原人村に着き、三日月荘という小屋に泊めさせて頂きました。

 

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川内村盛り上げっ課

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Lenovoを操るマサイさん

 

・2日目

 11月02日(水)、福島県の獏原人村さんにお邪魔しています。今朝は6時過ぎには起きましたが、8時過ぎまで、ダラダラ朝食を食べたり着替えたりして、10時過ぎまで和泉さんという方に村を案内して頂きました。

 獏原人村には現在、3戸の住宅(1戸はマサイさん夫婦の住宅、1戸は原発事故以降の空き家、1戸はゲストハウス?)、と、倉庫、鶏舎、菜園、満月祭等のイベントを行う広場、音楽イベントなどが行えるドームハウス、イベントの際の会場や宿泊場所になる建物、その他、太陽光パネルや水を汲むパイプや池、川も流れています。

 

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マサイさんのお宅

 

 その後、川内村の温泉に連れて行って頂き、ご飯を食べ、川内村をあちこち案内して頂き、14時過ぎに獏原人村に戻り、和泉さんとお話ししながら、ダラダラ…凄くユルイ感じです(笑)

 15時過ぎからはマサイさんが薪を運ぶのをお手伝いしつつ、マサイさんのお話を伺いました。その後、三日月荘でマサイさん、和泉さんとお話しし、記念撮影会。和泉さんに夕食を振舞って頂き、その後、マサイさんのお宅にお邪魔し、奥様も交え、またお話しを伺いました。

 

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三日月荘

 

 40年程前、マサイさん達は既成の価値観や社会制度に縛られず、何もない所に新しいものを作ろうと考え、福島の山奥で自給自足の生活を開始。多い時期で数家族、20人程が住み、自給自足生活を実現させ、1990年代以降、夏の満月の時期に「満月祭」を開催、多い時で1000人以上が集まるイベントに成長しました。

 福島原発事故も獏原人村に戻り、満月祭を開催。地域の活動にも参加する様になりました。理想郷を作り社会を変える、という様な壮大な計画は実現しませんでしたが、原発事故後も村に留まり、生活を続け、祭りを続け、地域の活動に参加し、若者に活動の場を提供しています。獏原人村は、今でも人里離れた山奥にありつつ、地域の人々や、獏原人村を愛する人々との繋がりの中で、新しい「ユートピア」の形を模索し続けていました。

 

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マサイさん、和泉さんと

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別れ際の和泉さん