農業共同体見聞録

日本全国の農業共同体、農業コミューン、エコビレッジ、農業シェアハウスの訪問記

農業共同体見聞録18 平民学校

~訪問記~

 次の訪問先は山梨県西八代郡市川三郷町、大正時代、農村で子弟教育を施した、丹沢正作の「平民学校」です。

【ウェブサイトも開設しました!纏まった情報はそちらに掲載!】

http://matsuokakenji.wixsite.com/nougyoukyoudoutai

 

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・1日目

 12月04日日曜、北杜市を出発し、甲府盆地南部の西八代郡市川三郷町という地域にある、「平民学校」の跡地に向かいます。

 平民学校は、1906年、山梨県で丹沢正作という人物が近隣の農家の子弟に教育を施す為に設立した私塾です。

 山梨県西八代郡上野村(現在の山梨県西八代郡市川三郷町)という、甲府盆地南部の丘陵地帯にありました。近くの高台からは甲府盆地全体を見渡す事が出来ます。

 

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市川三郷町から甲府盆地を望む

 

 歌舞伎文化公園の近く、三珠農村広場の駐車場の裏手に細い道があり、その少し奥に広場があり…

 

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細い道

 

丹沢正作が修道庵として暮らした茅葺屋根の小さな小屋(山の家)と、顕彰碑が立っています。山の家の中には丹沢正作の写真や年表、資料が展示されています。

 

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山の家と顕彰碑

 

 丹沢正作という人物は1876年に山梨県西八代郡上野村で生まれ、東京専門学校(現在の早稲田大学)を卒業、上野村の役場の職員となり、地元で信用組合や小作組合、平民学校を設立して地域の子弟の教育にあたりました。彼はキリスト教徒であり、トルストイアンでした。有島武郎(狩太共生農団設立)や宮沢賢治(羅須地人協会設立)と通じるものがあり、作家の徳富蘆花(現在の蘆花恒春園設立)や、思想家の江渡狄嶺(百姓愛道場設立)と親交がありました。「土を愛し土を離れるな」をモットーに、地域社会の発展に尽くし、「山の先生」と呼ばれ、村人達の敬愛を集めたといいます。1926年、病気の為に亡くなりました。

 

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丹沢正作と山の家の写真